フツーの自己啓発

汎用性と再現性とその他

あなたはまだ罪と戦っていますか?

神から生まれた者は罪を犯せなくなります。聖書の教えは単なる言葉ではなく、神の力です。それは、人間の単なる思い込みや願いでもなく、神の力により、罪に対して完全に勝利している状態です。「人間にはそれは不可能ですが、神にとってはすべてのことが可能です。」とイエスさまの言われたことは真実です。神の愛の内に留まり、真理の内に堅く立つ者はキリストの内にいます。こういう経験は、人間の側にも努力が必要です。犬が吐いたものに戻ったり、豚が泥のなかで転げ回らないために、自分の邪悪で偽りの妄想を徹底的に作り直しておく必要があるのです。それが、古い人格と情欲と欲望を十字架につけることです。そう思うだけではなく、実際に、肉の働きを殺します。その後、神から聖霊バプテスマが来ます。そうなった後は、神の愛が私の内で全うされているため、肉に従うことが不可能になります。つまり、神の霊の支配下にある状態です。子に自由にされた状態は、罪と戦うことも、誘惑に負けることもなく、全く、自由な状態です。聖書に書かれている使徒や一世紀当時のクリスチャンたちが恐らく経験したと思われる、救われた人たちと同じ状態です。現代の人たちに同じ経験をした人はいるでしょうか?いなくてもよいのです。もしかしたら、少数しかいないのかもしれないからです。私と同じように語っているクリスチャンが、まだ見つかりません。神の憐れみと恵みを受けたのは、恐らく私が、普段から聖句に自分を徹底的に合わせ、神に従って来たからだと思います。ちなみに、私は、幻を見たり、御使いと話しをしたり、イエス(偽物)により地獄や天国へ連れて行かれたり、病気を治したりは出来ませんし、異言も語りません。ただし、真理の霊により、既成の聖書解釈の誤りを正すことは出来ます。以上は私の体験による福音の真実です。罪を犯し続けることに警戒してください。悪魔から出た者となったままですから、神の怒りがまだ、その人の頭上にあるからです。必ず、悔い改めてください。ほとんどの福音派は悔い改めをせず、ただ、信じれば救われると教え、人間の作った教理で人を騙しています。私は各宗派の教えに精通していますが、自身はどの宗派にも属しておらず、キリスト・イエスと結びついています。アーメン。