フツーの自己啓発

汎用性と再現性とその他

救われた信者の生き方について

一般の牧師たちは信徒の頑張りを否定していますが、パウロはむしろ奨励しています。信じるだけの人が本当に救われる方法をパウロは教えています。感謝です。あなたも感謝しますか?実は、この生き方以外に救われることはないのです。イエスさまが、入ろうと努めながら入れない者が多いと言われたことを思い出してください。パウロがキリストにみならっているように、パウロの生き方から学びましょう。それは、あなたに出来ることを、神が与えてくださった賜物に応じてしっかり行っていくことです。ここでの行ないは神が用意してくださっている行ないのことです。このブログでいう行ないとはいつもこのことを指しています。修行して救われることなどないことは言うまでもないことです。このブログを読んでくださっている人たちにとって百も承知です。アーメン。

 

23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。

24
競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。

25
また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。

26
ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方をしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。

27
私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になることのないためです。 (コリント第一9:23~27)