22 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
(ガラテヤ5:22~23)
8 あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。
9 光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。
(エペソ:8~9)
7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。
8 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。
9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。
10 もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。
11 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。
12 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
(ヨハネ15:7~12)
15 みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです—みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。
16 同じように、岩地に蒔かれるとは、こういう人たちのことです—みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、
17 根を張らないで、ただしばらく続くだけです。それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
18 もう一つの、いばらの中に種を蒔かれるとは、こういう人たちのことです—みことばを聞いてはいるが、
19 世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望が入り込んで、みことばをふさぐので、実を結びません。
20 良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。」
(マルコ4:15~20)
わたしたちは神が植えた(キリストを土台にした)木に例えられます。その木が成長して美しい実を沢山、結んでいる姿を想像してみてください。神にとって有用な木です。たとえ有用な木であっても実をつけていなければ切り倒されてします。悪魔が植えた木は根こぎにされます。わたしたちが、キリストの弟子であることを示して、多くの実を結び続けるなら神が栄光をお受けになるのです。アーメン。