フツーの自己啓発

汎用性と再現性とその他

信仰がなければ神はあなたを救うことが出来ない

救われる人は、神に対する愛と信仰によって神と結びついている人です。神に背を向けている人たちは滅びます。いずれにせよ、主イエスを王として認めず、王として望まない多くの人たちは救えないのです。これは預言であり、その責めは本人が責任を負うのです。以下(ルカ19:8~27)に書かれていることは真実です。特に27節の厳しい言葉は将来実際に起こることです。まず、神が十字架で人類を愛されたことを知りましょう。たとえば、あなたにとって特別な人、大切に思う人を助けるために自分が死に相手が助かるケースを考えたら分かるでしょうか?主イエスを通して愛の神と和解してください。そうすれば、27節に書かれていることはあなたに起こりません。和解によって神の怒りから解放されたからです。滅びる人たちは、どうしても悔い改めない罪人と悪人です。神の愛と祝福があなたに臨みますように。ひとりでも多くのひとたちが主イエスによって救われますように。

 

ルカ19:8~27



8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」
9
エスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。
10
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
11
人々がこれらのことに耳を傾けているとき、イエスは、続けて一つのたとえを話された。それは、イエスエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現われるように思っていたからである。
12
それで、イエスはこう言われた。「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。

14 しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った。

22 主人はそのしもべに言った。『悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。
23
だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。そうれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ。』
24
そして、そばに立っていた者たちに言った。『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。。』
25
すると彼らは、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言った。
26
彼は言った。『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。
27
ただ、私が王になるのを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の目の前で殺してしまえ。』」