フツーの自己啓発

汎用性と再現性とその他

聖書は救われる人のために書かれた

聖書には信じて神に従い忍耐して待つ人のための「神の救いの約束」が書かれています。信仰とはこの約束を信じること。イエスを信じて神に従う人たちは聖徒であり、イエスの血を振りかけられる目的のために永遠の昔から神によって選ばれた人たちです。聖書を読んでみましょう。聖句を覚えましょう。あなたの熱心によって聖書を立体的に理解できるようになります。勿論すべては分かりませんが、理解出来るよう神に祈ってください。神に気づきを与えられるでしょう。そして、神の救いの約束を信じて、その実現を忍耐して待ちましょう。あなたに神の祝福がありますように。アーメン。

神の言葉に従うなら聖なる者となります

エスは信仰と悔い改めの重要性を語りました。神は人間に聖さを求めています。イエスを信じたのなら聖霊の助けにより、神の言葉に従うことです。神が民を聖別する方法は行ないによります。罪を離れ、神と隣人を愛することが神の御心です。従うなら、聖なる者となります。信じるだけで救われるという教えは、福音を保つならという条件付きです。イエスご自身は「なぜ従わないのですか?」と言われました。求める人に神は新しいこころを与えてくださいます。さらに将来必ず起こることが定まっている大艱難から逃れるために次のイエスの言葉を守りましょう。「やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」(ルカ21:36)

目に見えない神の組織(家族)

主よ、わたしたちは今日なすべきことを果たしました

あなたの御心を行なうために

 

あなたの愛(アガペ)は人間が考えている愛とは違います

あなたは巨万の軍をお持ちですが人間も軍を持っております

たとえて言えば、あなたの愛は人間が軍の任務を遂行することと似ています

主イエスの命令に従ってあなたの任務を果たすために

目に見えない神の組織の一員として

わたしたちは存在しています

 

あなたの御心をおこなうために

わたしたちは命をかけて霊的な戦いに勝利します

 

たとえ死の谷を一人歩む時も

そのように見えたとしても

わたしたちは決して一人ではありません

栄光の主であるあなたがいつも共にいてくださるからです

どんな災いもわたしたちに近づくことはありません

 

あなたは祈りを聞いてくださる方

それゆえ、わたしたちは安心して喜んであなたに従うのです

 

ルカ21章の預言の意味について

そして、日と月と星には、前兆が現れ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み、人々は、その住むすべての所を襲おうとしていることを予想して、恐ろしさのあまり気を失います。天の万象が揺り動かされるからです。そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。(ルカ 21:25~27)これらのことが起こるのを見たら、神の国が近いと知りなさい。(21:31)その日、全地の表に住むすべての人に臨むからです。(21:35)しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。 (21:36)ルカ21章は将来、神の国が到来する時の預言です。そのしるしについてイエスが弟子たちに説明しました。黙示録では救いの印を御使いにより額につけられる人たちがいて、その業が終了すると四方の風が放たれ、災いが始まります。神の怒りはまだです。イエスが到来してからです。聖徒たちはまだ地上にいて携挙されていない状態です。だから神の怒りはまだなのです。獣が大バビロンを滅ぼしてから天変地異が起こります。この時期はすでに、救われる人たちと滅びる人たちに分かれている状態のようです。この段階で携挙がおこると思われます。天変地異は聖徒もすべての人も経験します。艱難前に携挙されるのであれば、「これらのことが起こるのを見たら、神の国が近いと知りなさい。」とはイエスは言われなかったでしょう。見てから携挙つまり購いがあるのです。ポイント1は艱難前携挙はないこと、つまり全地に起こる天変地異を聖徒も含むすべての人が体験すること、ポイント2は「人の子の前に立つことが出来るように、いつも油断せずに祈っている。」ことです。なぜならこの時、携挙があるからです。イエスの地上再臨の時は、次のように描写されています。「人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。」と。この時、聖徒たちは空中に引き上げられ、地上に残された人たちは滅びます。しかし、一部の人たちは千年王国に入ると思われます。

主の祝福

いと高き者のもとにある隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は

主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。

主はあなたをかりゅうどのわなと、恐ろしい疫病から助け出されるからである。

主はその羽をもって、あなたをおおわれる。あなたはその翼の下に避け所を得るであろう。

そのまことは大盾、また小盾である。

あなたは夜の恐ろしい物をも、昼に飛んでくる矢をも恐れることはない。

また暗やみに歩きまわる疫病をも、真昼に荒す滅びをも恐れることはない。

たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、その災はあなたに近づくことはない。

あなたはただ、その目をもって見、悪しき者の報いを見るだけである。

あなたは主を避け所とし、いと高き者をすまいとしたので、

災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。

これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道であなたを守らせられるからである。

彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。

あなたはししと、まむしとを踏み、若いししと、へびとを足の下に踏みにじるであろう。

彼はわたしを愛して離れないゆえに、わたしは彼を助けよう。彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。

彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに、共にいて、彼を救い、彼に光栄を与えよう。

わたしは長寿をもって彼を満ち足らせ、わが救を彼に示すであろう。( 詩編91)

不信仰な人間が強くなれるだろうか?

不可能だ。敵を恐れている弱い人間は普通は逃げる。怖いことを仲間の人間に語りそれを正当化して逃走する。こういう人間がもし自己保身ではなく、自分を犠牲にして勇敢に敵と戦いそのおかげで大勢の人が助かる結果になるという話は映画の世界ならあり得る。不信仰な人間は自分のことしか考えない。現実世界ではこういう人間は変わることはない。自分を捨てて戦う人はココロザシが違うのだ。神はふさわしい人を選ばれる。信仰のある人を。過去に次のような例があった。12人の斥候の内、信仰に立っている二人の人(ヨシュアとカレブ)と不信仰に満たされている十人の人たちの例である。( 民数記13:17-14:10)信仰に立った二人の人が神を喜ばせるのである。40年の間、エジプトから救出された不従順な民は荒野を彷徨うこととなり、当時、子供だった者たちと神に信仰をおいたヨシュアとカレブは約束の地に入った。神に信仰をおく人は弱くない。どの人たちも勇敢であり、神を喜ばせる。

信仰によってあなたの行動様式が変わる

父なる神と主イエス・キリストの愛を知った

あなたは新しくされた。

 

あなたの愛と信仰によって

あなたの行動様式が変わる。

 

あなたがそれを望み、

エスさまがそれを

行ってくださる。

 

父がその子供を愛し

抱きしめるように

 

神は御腕で

あなたを

しっかりと抱きしめ、

愛して下さった。

 

 

Faith changes your behavior

 

I knew the love of God the Father and the Lord Jesus Christ

You have been renewed.

 

By your love and faith

Your behavior will change.

 

You want it,

Jesus did it

Will go.

 

Father loves the child

To hug

 

God is in the arms

you

Hold tightly,

Thank you for loving me.